内部被ばく 生涯3ミリシーベルト考(東京新聞)

日々坦々

内部被ばく 生涯3ミリシーベルト
(東京新聞こちら特報部」)

 福島県が二十日に発表した県民の内部被ばく調査で、双葉町の四〜七歳の男児二人の被ばく線量が生涯で三ミリシーベルトと推定されるとされた。県は「健康に影響が及ぶ数値ではない」と説明。だが、男児がどこでどのように被ばくしたのかなど重要な情報は伏せたままだ。「生涯に三ミリシーベルト」という耳慣れない数字は、本当に安全を意味するかという疑問も残る。 (小国智宏、小倉貞俊)

 県の内部被ばく調査は、計画的避難区域など比較的線量の高い十三市町村の住民を対象に、六月二十七日から始まった。九月三十日までに検査した四千四百六十三人のうち、男児二人が三ミリシーベルト、二ミリシーベルトが八人、一ミリシーベルトが六人。残りの四千四百四十七人が一ミリシーベルト未満だった。
 各市町村が子どもや妊婦を優先に抽出し、順次、検査を行っている。

 放射線医学総合研究所日本原子力研究開発機構で、内部被ばくの検査機器ホールボディーカウンター(WBC)を使って行う。体内に残存しているセシウム137とセシウム134を測定。生涯被ばく量は、福島第一1号機が水素爆発した三月十二日に一回で体内に取り込んだと仮定して、成人で五十年間、子どもで七十歳までの間の累積線量に換算して算出する。 ただ、八歳未満の子どもはセシウムを体外に排出するのが大人より早いため、今後は検出されない可能性がある。この場合は、三月十二日に行動をともにしていた大人の測定値をもとに推定するという。 生涯の被ばく線量をめぐっては、内閣府食品安全委員会が七月下旬、外部被ばくと内部被ばくを合わせ規制値を「累積被ばく線量一〇〇ミリシーベルト」とする評価案をまとめている。

 県地域医療課は「生涯で三ミリシーベルトという値は、この規制値一〇〇ミリシーベルトと比べてもかなり低い。検査機関からも健康には影響は及ばないとの回答を得ている」と説明する。
 だが『放射線規制値のウソ』(緑風出版)を著した九州大の長山淳哉准教授は、「そもそも一〇〇ミリシーベルトという数値がうなずけない。発がんなどには、『これ以下ならがんにならない』というしきい値はなく、リスクは存在する」と強調する。 また「三ミリシーベルトはあくまでも現時点で計った値から推定していることを忘れてはいけない。食品などによる内部被ばくは今も続いており、汚染が長引けばどんどん蓄積されることになる」と話す。 食品安全委は十月中にも厚労省に最終的な評価結果を答申し、食品の新たな規制値作りへの議論が始まる。長山氏は「牛肉などでは一キロ当たり五〇〇ベクレルとなっている今の暫定規制値を十分の一以下にすることで、生涯被ばく線量を減らさなければならない」と力を込める。

 内部被ばくに詳しい沢田昭二名古屋大名誉教授も「三ミリシーベルトという数字だけで安心と判断するのは早計だ」と指摘する。
 WBCはガンマ線しか検出できない。「セシウム137はベータ崩壊するが、この際に放出されるベータ線は検出することができない。ガンマ線よりもベータ線の方が射程が短いため、絶えず近くの遺伝子に当たり傷つけやすい」という。

 「WBCで測定した値には、半減期が短いヨウ素や検出されないベータ線の影響が考慮されていない。これでは科学的に被ばく量を見ることはできない。当時の行動なども含めた総合的で丁寧な判断が大事だ」とする。「継続的に検査をするなど長期にわたって健康管理を続けるべきだ。がんや甲状腺異常などの疾患も早期に発見できれば、治癒する確率が高くなる」
 「そもそも生涯被ばく線量を算出すること自体が疑問だ」と話すのは、矢ケ崎克馬琉球大名誉教授だ。

 矢ケ崎氏は半減期が八日と短いヨウ素の影響について危惧する。チェルノブイリ事故では、ヨウ素が原因とみられる子どもの甲状腺の病気が事故後五、六年後から急増していた。
 「ヨウ素による遺伝子の損壊などは表面に出てこない。いわば正確ではない検査で『安全だ』と訴えるのは、市民への目くらましではないか」

 実際に長野県松本市の認定NPO法人「日本チェルノブイリ連帯基金」と信州大病院が福島県内の子ども百三十人を対象に実施した健康調査では、甲状腺ホルモンが基準値を下回るなど十人の甲状腺機能に変化が見られた。
 ところで、生涯の年間被ばく線量を、ベクレル(放射能の強さや量を表す単位)に換算するとどうなるのだろうか。

 福島県地域医療課によると、国際放射線防護委員会(ICRP)の報告に基づき、年齢ごとに係数で変換している。
 今回の検査で三ミリシーベルトと推定された男児を七歳児と仮定して換算してみると、セシウム134、137を合わせて一二六〇ベクレルになるという。七歳児の平均体重(二四キロ)で割ると、一キロ当たり五二ベクレルとなる計算だ。

 ところが、この値に首をひねるのは、NPO法人チェルノブイリへのかけはし」の野呂美加代表だ。野呂氏は約二十年にわたり、チェルノブイリ原発事故で被ばくしたベラルーシなどの子どもの支援活動に取り組んでいる。
 野呂氏はWBCで彼らの被ばく状態を計ってきたといい、「体重一キロ当たり二〇〜五〇ベクレルなら何らかの病気の前段階がみられ、五〇ベクレルを超えたら発症するケースがほとんどだった。今回の値は健康に影響がないのだろうか」と心配する。

 今回の福島県の検査について「シーベルトに変換することで、危険性を感じにくい人も多いのでは。影響を少なく見せているわけではないのなら、分かりやすいデータを示してほしい」と訴えた。

 また「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の辺見妙子さんは「内部被ばくは、線量の問題ではないと思う。わずかな線量であっても、絶えず遺伝子が傷つけられていると思うと、安心できない」と不安を口にした。

<デスクメモ> 山里に住む釣りの師に、今年こそはキノコの選別を習おうと楽しみにしていた。だが「原発」「放射能」と走り回っているうちに十月もあとわずか。秋が駆け足で過ぎていく。そんなとき、キノコからセシウム検出の悪い知らせが飛び込んできた。温厚な毛針の名人は、きっと深く傷ついているだろう。 (充)