やっと決まった主要国大使人事とその本当の意味

天木直人

きょうの各紙が我が国の主要国大使人事とそれに伴う外務省幹部人事
について一斉に報じている。
政治の混迷によってとどこおっていた大使人事、本省幹部人事の異動が、
やっとこれで決まりである。
おりから竹島尖閣問題で日本外交の真価が問われている。
そのことと絡めて各紙はもっともな解説をしている。
政治任命された丹羽宇一郎駐中国大使よりも外交の「プロ」
である外務官僚に大使を任せるべきだ。
日韓関係の立て直しのために総理秘書官(小泉首相)経験者の次官級大物
を起用した。
外務事務次官が駐米大使になるという不文律が破られて11年になるが、
これでやっと軌道修正がはかられることになる。
などなど。
それらはもっともらしい解説だ。
しかし誰がどのポストについたところで変わりは無い。
彼らのすべてはかつての同僚であり後輩だからよくわかる。
彼らが不適任であると言っているのではない。
無能だと言うのでもない。
今の外務官僚の中で優秀な者たちが任命されていると思う。
しかし外務省という組織そのものが劣化してしまっているのだ。
これでまともな外交が取り戻せると思うならおめでたい。
今度の外務省人事が物語っている事は何か。
それは死に体である野田民主党政権の下で、外務官僚による外務官僚
のための外務省幹部人事が完全に復活したということである。
もうすぐ終わる野田民主党政権の大罪は数多くある。
しかし、その中の最大の罪の一つは、間違いなく政治主導を捨て去り
官僚支配に屈したことだ。
今度の外務省人事はその象徴である・・・