1日で考えを変えた

田中良紹の国会探検
 民主党代表選決着直後に、現在の政治情勢で「大連立と増税」を掲げた候補を選ぶのは民主党の政治的未熟さの現れだと書いたが1日で考えを変えた。野田氏が「大連立と増税」を目指すとは思えない人事配置を敷いたからである。

 まず幹事長に輿石東氏を据えた。参院議員会長と兼職だと言う。これは自民党にとって容易ならざる事態である。「大連立」は「ねじれ」があるから必要だと大連立論者は言うが、現実は「ねじれ」があるようでないというのが私の見方である。

一つは震災復興にはどの政党も協力せざるを得ない。「ねじれ」を利用して政府に協力しない野党は国民から糾弾される。第二に政治力があれば野党を分断して参議院自民党を少数側に追いやる事も可能である。第三にメディアは民主党の分裂模様ばかり報道するが、自民党の中も同様で、特に参議院自民党の分裂は民主党以上に深刻である。そんな時に与党がマニフェストを変えてまで大連立を持ちかける必要はない。

 そこで参議院自民党にもパイプを持つ輿石氏が幹事長に就任した事は、以前の未熟児的執行部とは異なり、様々な政治技術を駆使する可能性が生まれた事になる。大連立話も民主党マニフェストを変えてお願いをする話から自民党分裂を誘う材料に変わるかもしれない。「三党合意を守る」と言っても守り方の中身が違ってくる。野田氏の「大連立」は前の執行部の「大連立」と同じではないと思わせるのである。

 次に野田氏は政調会長前原誠司氏を充てた。前原氏は代表選挙で増税に反対の姿勢を表明していた。その人物を政策の責任者に起用したのだから、野田氏の「増税」も何が何でもと言う訳ではないようだ。ここは「大連立と増税」という主張をストレートに受け止める必要はないと思うようになった。

 国対委員長平野博文氏や幹事長代理の樽床伸二氏を含めて党の執行部体制は反小沢ではない。野田氏の挙党体制を構築する意志が明確になった。党役員人事が反小沢でない事がはっきりすれば、閣僚人事で自らに近い人材を存分に配置する事が可能になる。管総理の「お友達内閣」とは対極でなかなかの政治力を感じさせた。

 代表選挙での野田氏の勝因を反小沢派の結集とする見方があるが、それは余りにも底の浅い見方である。前原グループとの連携はあらかじめ決まっていたから野田氏を勝たせたのは鹿野グループの投票である。第一回目の投票で52票獲得した鹿野氏はサインを送って野田氏への投票を促したと言う。その結果39票が野田氏に、10票が海江田氏に流れた。その鹿野グループの中核は農林関係議員と旧鳩山グループの議員たちである。

 鳩山グループはこのところ新旧二つに分かれ、菅内閣不信任案を採決する頃から異なる役割を演じてきた。これが修復不能な分裂なのか役割分担なのかは政局を読み解くポイントの一つである。そして農林関係議員として鹿野氏を推していた山田正彦氏が途中から離れた事で、鹿野支持派は小沢グループの引き抜きだと反発し、野田支持に回ったとされるが私は鵜呑みにする気になれない。このあたりに「目くらまし」が施されているように見える。

 野田氏は前原氏の出馬で落選確実と見られていた。その野田氏も前原氏も最大勢力を誇る小沢氏に面会して支持を求めた。その結果、小沢氏は前原氏の不支持を決めたが、野田氏を不支持とは言っていない。そして小沢氏は鳩山グループが推す海江田氏を支持する事に決めた。前原氏を不支持とした理由は幹事長人事で折り合わなかったとされている。つまり前原氏は輿石幹事長を承認しなかった。

 野田氏が代表選挙で「どじょう」の話を持ち出したのは輿石氏が念頭にあったからである。つまり代表選挙が始まる前から野田氏は輿石幹事長を約束していたと今になって私は思う。それが前原氏と野田氏の帰趨を分けた。そう考えると来年9月の代表選挙にかける小沢氏の意欲が見えてくる。

 来年の代表選挙に現職総理が立候補するのは当然である。その時、自分が支持した総理の足を引っ張って権力を奪うというのでは筋道がたたない。自分が支持した候補を破った総理と戦うのが正道である。その意味で来年9月までの総理は野田氏か前原氏でなければならなかった。しかし反小沢で動く総理でも全くパイプのない総理も困る。来年戦うに足る「対立」と党をバラバラにしない「共通項」とを併せ持つ総理が好ましかった。

 まだ1日か2日見ただけだが野田新総理は菅前総理とは対極の政治手法を取るように思える。自分の主張を鮮明にして敵を作り、敵との戦いを国民に見せつけて支持を集める「ポピュリズム」型ではなく、主張はしても懐深く真意を見せない融通無碍の政治家タイプである。

 小泉政権以来「ポピュリズム」型政治に振り回されて、政界もメディアも国民も成熟した政治を見る目を失ってきた。新総理にはそれを変えるきっかけを作ってもらいたいと人事を見ながら思った。