動き出した安倍外交の大いなる矛盾

天木直人

アベノミックスばかりが先行した安倍第二次自民党政権であるが、日米同盟の信頼回復と北方領土返還という二大外交課題を掲げて総理訪米と森特使の訪露が重なったことにより、安倍外交がいよいよ本格化したとメディアが騒ぎ立てている。
しかし安倍外交は、これまでのどの首脳外交よりも大きな矛盾を内包している事を正面から国民に教えてくれるメディアは皆無だ。
まず北方領土問題はロシアとの交渉事であると同時にこよなく日米問題である事を果たして国民はどれだけ知っているだろうか。
すなわち鳩山一郎首相が1956年にソ連と2島返還で一旦は合意しようとした時、それはサンフランシスコ講和条約を否定することになるから沖縄返還は出来なくなる、と恫喝したのが米国(ダレス国務長官・重光外相会談)だった。
それは関係者や歴史家にとってはもはや歴史的事実だ。
いうまでもなくサンフランシスコ条約ポツダム宣言受諾、東京裁判日米安保条約と並んで日本の戦後体制そのものである。そしてそんな日本の戦後体制を主導したのは他でもない米国である。
北方領土問題に関する米国の立場がその後変わったなどという話は聞かない。
「引き分け」という柔道用語を持ち出して日本を煙に巻くプーチン大統領に翻弄され、その真意はなにか、などと一人相撲をとり、その挙句内部分立を繰り返すお粗末な日本外交に北方領土を取りもどすことなど出来るはずが無い。
たとえ出来たとしても、米国がそれを許さないのだ。許してもらうためには米国の本音を確認し、米国の了解を得なければならないのである。
その米国との同盟関係を取り戻すために安倍首相は訪米し、オバマ大統領と会談する。
しかし安倍首相は戦後体制からの決別を宣言し、自主・自立した日本を取り戻すと繰り返し強調している。
いわば戦後レジームのチェンジは政治家安倍の国民に対する公約そのものなのである。
いや政治家安倍そのものなのである。
米国にとってこれほど許し難い事は無い。
なぜならそれはそのまま米国が戦後一貫して取り続けてきた日本占領支配体制を否定することであるからだ。
今度の訪米は安倍政権が米国に懇請してやっと2月に実現したものだ。
そして訪米する以上は意味のある首脳会談でなければならないと米国は念を押し続けた。
その結果多くのお土産を持って安倍首相は訪米することになった。
そんな安倍首相がどうして戦後体制から脱却して日本を米国から取り戻すことができるというのだろうか。
北方領土を取り返せるというのか。
言葉で誤魔化す事は出来ても、その実態は何もできない。できるはずがない。
この矛盾をどのメディも国民に知らせようとしない。
それどころかディアは今度の安倍訪米で民主党政権が壊した日米の信頼関係を回復したなどと書きたてるだろう。
しかしそれはむなしい。その事を一番知っているのは安倍首相自身に違いない。
安倍首相の存在そのものが米国との関係において矛盾しているのである。
そしてその矛盾の解決は安倍首相自身が変わらないかぎり解決しない。
どちらの方向に変わるかはもちろん安倍首相自身の判断である。
それとも矛盾のまま安倍外交を続けて国民を欺くことになるのだろうか(了)。